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ボツ出しまくり、そんな時は…?

こんにちは、kanonです!最近、出展が決まったCOMITIA130 と、小平アートサイトのイラストを描いてますが、COMITIA130のほうのイラストが最近ボツ出しまくりで、果たして締め切り間に合うんだろうかと焦ってきたので、趣味イラストを描いていて何故ボツが出るのか、出さないで納得いくものを描くコツがあるのか、私なりに分析してみました。



たくさん描いた中の数枚が見せられる作品になる

以前、「翼があるのに」のイラストを描いた時、ブログにアイデアの出し方として、「思いついたアイデアはとにかく描いて、ビジュアル化しておけば、こんどは描いたアイデアを元に新しいアイデアが生まれる」みたいなことを書きました。

今回もその勢いで、とにかく思いついたものはたとえ未完成でもいいから形にするようにしていました。



が、今回はなかなか「これだ!」というアイデアにたどり着きません。そして、アイデアが出ない間も描き続けたイラストはボツイラストになる。ということです。

描いているうちに苦しくなる作品はボツ

一番作品をボツにする理由で多いのは、この理由だと思います。

描いている間に、描き続ける事に嫌気がさすような作品はボツにしてしまうことがほとんどです。

ではなぜ嫌気がさしたり苦しくなったりするかというと、個人的にはこんな理由があります。

  • 何が描きたいか明確じゃない

これは後にもくわしく描いていますが、簡単に言うと、どう描いていいか何を描いていいかわからなくなった時です。そう言う時は、描いても描いても画面に統一感が出ず、絵としても美しさを欠いてしまい、嫌気がさし、やがて描くのを辞めてしまいます。



これと似た理由でいい資料が見つからないから嫌気がさしてくる時があります。ほとんど資料ありきで描いているので、資料がないまま描くということもやはりどう描いていいかわからないということに繋がってくるからです。


  • 描いていて、つまらない絵になりそうだなという予感がした時

ただ座ってポーズとってるだけ、ただ突っ立ってしたり顔でポーズ決めてるだけ。そのポーズに行動に、何か意味や意図がありそういう風にさせていればそれを掘り下げてガシガシ描いていけますが、そこに意味も意図もが存在しない場合ただただつまらないイラストだなあと感じます。


そしてそういうイラストはだんだん描くのがつまらなくなり、ただ手を動かしているだけとはいえだんだん描くことがつらく感じ始め手が止まってしまいます。


前述の理由と同様何を描きたいのかわからない時にこういう失敗が起きます。

  • テーマそのものが描いていて辛い時

明確に嫌だと感じる価値観が身についたせいか、これは最近になって増えました。いわゆる「地雷」です。

昔が雑食系で、特に嫌いだと感じるものがなかった(逆に特に好きだと感じるものもありませんでした)のもあり、最近はこの変化に戸惑っています。昔は平気で描けたテーマが描けなくなる。それは描けるものの幅が、感情的な理由で減ってしまう事です。


それはプロとしてどうなのか、と感じたりもするのですが、それでも嫌いなものは嫌いなので、嫌いなりに避けるのもいいですが、嫌いなものの解釈を捻じ曲げて、自分の好きなように描くこともできます。


例えば、前回描いた「waiting rabbit」と言う作品、



描いていて辛くなる「悲しげな作品」になりそうなモチーフばかりの作品でしたが、そのうちに込めた強さやたくましさ、希望を表現するよう、絵の表現の軸を変える事で「何かを確信していまはただ待っている」という希望のかけらを感じるような一面を持つ作品として完成させることができました。

  • 単に焦ってる時

文字通りです。結果を焦り、現状にあせり、他者と比較し比較され焦り。理由はいろいろですが、もしいいアイデアが長いことでない、スランプだなーと感じる時はこれが原因であることがあるかもしれません。


焦って焦って、とにかく頭が回らなくなった時に描く絵は、やっぱり頭を使っていない絵になります。このモチーフは何のためにその場所に描いたのか、このキャラはなぜこの表情でこのポーズなのか、考えて描いてないと前述にあるように何が描きたいのかわからなくなったり、描いていてつまらなそうな絵になったりし、結局ボツにしてしまいます。


焦って焦って仕方ない時は、一旦絵から離れてみたり、意識して描かない時間を作ったりすると割と考えがまとまりました。



色々な原因でその絵を描くのが苦しくなった時、「このままじゃダメだ!」と作品をボツにし、次の作品に向かいます。忍耐力がないやり方な気がしますが精神衛生上はいいですし、ボツにした後ちゃんと見せられる作品は描けてるのであまり自分を責めたり、無理に改善したりすることもないのかなと、今のところは感じます。


「これは何が描きたいの?」明確じゃない作品はボツ

だいたい最後まで完成させられる作品は、「この絵において、何が描きたいか、何が表現したいか」が明確である傾向があります。

たとえどんなに小さくて、くだらない理由でも、表現したいものが明確であるというだけで最後まで完成できてしまうことが多いです。


例えば以下の2枚のイラストは何とか形にしたいと同じテーマて2枚描いたのですが、何が描きたいのかいまいち突き詰めることができずに2枚ともボツにしました。




このイラストは地球がスノーボールアース(いわゆる氷河期です)化し、人間が文明を残して消え去った街がテーマの作品です。氷河期なので街はいたるところが凍りついています。

人間がいない世界で、人間らしい姿をした存在と動物たちが対等に協力しあって生きている、そんな様子を描きたくて描いた作品



このイラストの人物はアザラシの毛皮を被って変身する前のタテゴトアザラシちゃんです。白いアザラシ柄の布をかぶり、武器の弓のように見える簡素なハープ(竪琴)を身につけている。という情報でアザラシであることをわからせようとしています。ふわふわのフリルもアザラシが寒さをしのぐべく持っている厚い脂肪を表現しているとか、していないとか。


「動物たちは元々天界に住む人間の姿をした神で、人間の世界へは動物の毛皮をかぶり変身してやってくる」というアイヌの神話を元にこういうキャラにしました。余談ですが北米のイヌイットにも、元々動物たちは人間の姿をしているという言い伝えがあります。面白いですね。このイラストにて、アザラシちゃんはまさに今アザラシの皮をかぶり、狩をするために海に出ようとしています。


しかしこの構図だと、出ようとしている海は、廃墟となった建物の水たまりのような一部分のみ。廃墟も最初ヨーロッパの旧市街あたりがそのまま凍ったイメージで描いていましたが、旧市街の資料を見ていなかったせいもあり、コンクリートにレンガに石質もバラバラ、どの世界の何を描きたいか、シチュエーションがよくわからなくなりボツにしました。


とにかく設定が好きなキャラで何とか活かしてあげたいと、一枚目がボツになることが決まってからも描き続けましたが、やっぱりどういう表現がしたいのかわからずボツ。時間を無駄にした気もしますが、何かしらの糧になると信じたいです。




アザラシちゃんイラスト2枚目です。何とかアザラシちゃんを活かそうと頑張ります。


このイラストはアザラシとして海を泳ぎ、狩をしてペンギンたちの待つ自身の住処に帰ってきたイラストです。生魚をくわえて、冷たそうな地面に平気で裸足の足を付ける。より非人間的な存在になりました。



わかりづらいですが一番左側のペンギンが魚をくわえています。

ペンギンたちも同じ動物の姿をした神のお使いの精霊みたいな存在なので、ここではただアザラシちゃんがとってくる餌を待っているわけではなく、自分たちも餌をとってきてアザラシちゃんと対等に生活していることがわかります。一枚目より、より動物と人間らしき存在の対等性が感じられる構図になりました。


ここまではいいんです。コンセプトやキャラの関係性は描いていてとても燃えるものを感じますし、配色をピンクメインにするという自分としては、というか雪と氷の白と海の青の世界である南極の表現としてはかなり珍しいであろう配色をしてたりするからきっといい絵になると思いました。


しかし、やっぱり背景のシチュエーションがわかりません。アザラシちゃんイラスト1作目と同じく、ここもスノーボールアース化し、人間がかつての文明を残して消え去った氷の世界です。絵の施設はヨーロッパとかの地下水道をイメージした空間です。


ペンギンたちと、アザラシちゃんだけでは画面が寂しかったので、何かインテリアになるものを追加したかったのですが、地下水道に何かものなんて置くだろうか。絵になってるのはどことなく玄関のような空間ですから、描けば描くほど物が置けない。つまりここがどういう空間なのか演出しづらいことに気がつきました。今思えばここにソファなり家具なりあえてものを置けば、そのミスマッチ感がまた非人間的な世界観を象徴してよかったのかもしれません。


が、あまりにも空間と合わないということもあり、やっぱり彼らが暮らす世界がどういうものなのかわからなくなってきます。そもそもこんなにわかりづらい表現にする意味がないように感じてきます。おまけに室内と室外が海で繋がっているという特殊状況下ゆえ、なかなかいい資料が見つからず室内に侵入してきた海の表現が難しすぎたということもあり頓挫してしまいました。


まとめると…

結局まとめてみると、ボツを出してしまう理由って「何が描きたいのか(表現したいのか)わからない」ということに繋がってきました。


筆で描くまえに、資料を集め、何が描きたいのかを考えたり、そのためのラフやスケッチをとる、とにかく何が描きたいのか(表現したいのか)を明確にすれば、終始気持ちよく描けるのではないか、という結論にいたりました。

絵を描く前から絵を描く戦いは始まっている、というわけです。


その代わり、ボツ作品でいいなと思ったところや、勉強になったところが次の作品に持ち越されてたりするので、ボツは一概に無駄だとは言えないですね。しかしこのところ、あまりに没が出過ぎてちょっと辛かったので、ボツを見せる記事をつくりました。

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